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ひとり映画感想文集

罵倒語とエンジン音:『日本で一番悪い奴ら』

『日本で一番悪い奴ら』 Twisted Justice 
2016年日本 135分 日活/東映
監督:白石和彌
脚本:池上純哉
原作:稲葉圭昭『恥さらしー北海道警察 悪徳刑事の告白ー』
出演:綾野剛/YOUNG DAIS/植野行雄 他
 
 『MIU 404』を観た流れで観賞。
 
 綾野剛、ちょうど同じぐらいの時期にやっていた『新宿スワン』を観てなんだかヤバい俳優だなと思ったあと、『怒り』以降認識が止まっていたので、このちょうどよい機会にちょろちょろ観ていきたい。
 動きのうまい素敵な俳優だと思う。冒頭の柔道一筋だった頃のまっすぐな鉄の棒のような動きから、80年代半ばに入ってほぼやくざ者になったときの身のこなしの変わり様がとてもいい。直線からジグザグの線へ、角は鋭いまま折れ曲がっていく変わり方が観ていて気持ちがよかった。喋り方もハキハキした愚直な感じ(「押忍!」)からバイクのエンジン音の様なやくざっぽい喋り、最後は酒と薬で様変わりしたガラガラの嗄れ声へと見事な変化で、自分の体を使うのがうまい俳優なんだなという印象を持った。
 自分は役者が芝居の中で見せる仕草、くせ、所作のようなものを観察して見つけるのが大好きだ。松岡茉優の語尾の上がり方とか、ベン・ウィショーのものを触るときの演技とか。新しく「おっ、この人は」と思った俳優を見つけると、そういうその人ならではの身体の使い方も見つけたくなる。その過程ほどおもしろいものはない。
 そういう意味では、未見の綾野剛の作品がまだまだあるというのは嬉しいことだ。本作では、結婚の報告をした舎弟に札束を渡す場面で、札束を腿にパシッ!と叩いて扇子のように広げて渡す仕草でなんかもう大好きになってしまった。あと普通の人間はクリームソーダを飲んだ後にあんなにいいタイミングでゲップは出ない。どういう身体してるんだろう?
 
 
○「悪の主人公」への距離
 白石和彌作品を観たのは初めてでまだなんとも言えないかなと思うけど、扱っている主題の割には諸星を変に美化したり、格好良く描いたりしていなくていいなと思った。観ていておもしろいけど主人公に感情移入するような構造ではないというか、悪事に手を染めていく主人公を決してヒーローのように描いたりはしないというか。
 この距離の取り方はなんとなく吉田大八に似ている気がする。吉田大八の『クヒオ大佐』(2009)という、堺雅人が実在した結婚詐欺師を演じたすごくおもしろい映画があるのだけど、こちらも詐欺を働く主人公を決して美化せず、正体の見えない不可解な人として描いていたのが印象に残った。ちなみに吉田大八の最新作は大泉洋主演の『騙し絵の牙』(2021)で、こちらもタイトル通り「騙し」が主題になっていたけど、やはり『クヒオ大佐』のように「距離が取れている」という印象を持った。
 『クヒオ大佐』のように、白石和彌の描いた諸星も、ちゃんと距離が取れている。この辺りは、最終的に「追求されていない道警の組織的犯罪の疑い」という方向に映画が帰着していくからというのは大きな理由の一つであると思う。というかそれが映画の趣旨なんだろうし、たぶん原作もそういう感じなんじゃないだろうかと推測する。
 
 
○罵倒語とエンジン音
 本作の演出で一番おもしろいなと思ったのは「罵倒語」だった。警察とチンピラとやくざが大勢出てくる本作は、もうほとんどの台詞の語尾に「テメェコラ」がついてるんじゃないかと思うくらい言葉遣いが激しい。その湯水のように溢れる「罵倒語」が、まるで効果音かサウンドトラックのように扱われているのがいちばん面白かった。
 映画の前半で、諸星(=綾野剛)と黒岩(=中村獅童)が初対面で互いに凄い勢いで罵倒しあった後なぜか仲良くなっちゃう、という場面がある。カットは素早く二人の切り替わりを繰り返して「罵倒語」が飛び交い重なり合い、正直なんと言ってるのか聞き取れないところもあるのだけどたぶんそれで大丈夫なんだと思う。聞き取れないけど巻き舌がきれいに入っていてなんか聞いてて気持ち良くもなってくる。バイクを飛ばす前の「ブオオォン!!」というエンジン音のようなものなのだ、たぶん。
 そんなバイクの「ブオオォン!」=「なんだテメェこの野郎!」/その他の罵倒語 が、諸星が違法捜査でどんどんのし上がっていく中盤は雨霰と降り注ぐ。そして最後、都合が悪くなり夕張に飛ばされた白髪混じりの諸星の声は、今にもエンジンが切れる古いバイクのような嗄れ声になっているのだ。やっぱ俳優ってすごいなー。